熊野神社

私の体験談

2009年4月 7日

山陽小野田市:冨田史人様より

 本日はおめでとうございます。体験談ということで、私に起きたこと、私の家族に起きましたこと、常識では考えられない不思議なことを、ちょっとお話させて頂きます。            

 私は二十歳の時に、年とった両親と私の三人で住んでいたわけでございますが、福島、東北の方に、長男の兄が事業をしておりまして、そちらの方をちょっと手伝ってくれないかと言われまして、いいよ、と気楽に行ったわけでございますが、二、三年しますと、小野田に親二人を置いてきた、こりゃ、ええかいのう、と思うようになりまして、兄は事業をやっておりますので動けませんので、それじゃあ仕方がない、私が帰ろうということで、四年間、兄の仕事を手伝いまして、五年目に帰ってきたわけでございます。ところが、その帰る直前に、私の左足のふとももに、これですが、肉腫ができまして、病院に行きましたら、「これは悪性の肉腫だから、すぐに切らんと、これは広がるよ」と言われたわけでございます。でも、帰る段取りをしていましたか、病院が言いますには、「山口県だったら、医大といういい病院があるから、帰ったらすぐに切ってもらいなさい」と言われまして、小野田に帰って来たわけでございます。帰って来たその晩もですね、いつものように足がうずきあげて、ずっと朝まで寝られないような状態でした。そこで明くる日、おうくろさんに「病院に行って来るよ」と言いましたところ、おふくろが、「私、熊野神社という所に時々行っているんじゃけど、そこで不思議なことが時々起こる。あんたもちょっと行ってみんかね」と、言われたのですが、何分、若さと馬鹿は紙一重と言いますが、当時の私は、神も仏もあるものかという無鉄砲な性格でして、「そんな所で治るんじゃったら病院はいらんじゃないか」と、おふくろに強く言ったことを思い出します。そうしますと、おふくろ、「まあ、そういわんで、熊野神社にちょっと寄って、それから病院に行きなさい」と、あまりしつこく言いますので、「わかった、それならちょっと寄って行こうね」というわけで、朝、熊野神社に行ったわけでございます。当時は、まだこちらではなく、市内にありましたので、そちらに行きました。すると大先生が丁度いらして、にこにこして私を迎えて下さいました。「どうしたんかね」と、言われますので事情を話しますと、「なら、ちょっと足を見せてごらん」と言われまして、私の足をさわってみて、「ああ、これは病院に行かんでも、ええようなよ」と言われました。そして「今からお加持をしてあげるから横になりなさい」と、そして一生懸命、私の痛い所をお加持して頂きました。そして、それから、七、八人ですかね、みなさんお参りされていたんですが、みなさん、ちょっとここに集まりなさいと、私の周りにみなさんを呼ばれて、「神様から雨七日という歌を授かったから、今から歌うから、みんなもすぐ歌いなさい」と言われまして、それから何回も、何回も、雨七日を歌われました。私も、これは大変覚えやすい歌なので、一回か二回聞いてすぐ覚えまして、一緒になって歌ったわけでございます。十何回か、何回も、何回も、はい、もう一回、はい、もう一回と、大先生が言われまして歌ったんですが、ここで奇跡が起こりました。あれだけ、うずきあげていた足ですが、七回目ぐらいですかね、すうっと痛みが引いたんです。本当に不思議でした。そして、終わってからもう一度、「富田さん、あんた病院に行かんでも大丈夫よ」と、大先生から言われました。私は病院に行くつもりでしたが、痛みが無くなればまあいいかと思って、また痛くなったら、その時に行こうと思って、その日は病院に行きませんでした。それから四十年経ちますが、それから一回も病院に行っていません。しこりは確かに残っておりますけど、あれだけ病院の先生が、広がりますよと注意されたのが、ぴたっと止まって、そのまんまの大きさです。本当に不思議です。それから一週間くらいしてですかね、ある晩、おふくろさんが夕食の時に、「私、今日、熊野神社に行ったんだけど、大先生から大叱られしたいね」と言いますので、「あんた、何か悪いことしたんかね」と言いますと、「悪いことしてないのに大叱られした」「訳のわからん話しせんで、よう、言うてみいね」と言いますと、突然、大先生が私のおふくろに、「富田さんところは、鶏を飼うちょってかね」と言われたそうです。当時、我が家は養鶏場で、おふくろが庭に鶏をいっぱい飼っておりました。そのことを言いますと大先生が、「すぐやめなさい、明日にでもすぐやめなさい」と、とてもひどく言われたそうです。ところが、おふくろさんとしては、我が家はそれで生計を立てておるし、すぐに止めろと言われても、そんな無理な話し、返答に困ったそうです。そしてその晩、私に「すぐ止めろと大先生が言われるけど、どうしたもんかいね」と私に言いますので、私もまだ帰って来たばかりで、就職もしておりませんので、「そりゃ、すぐやめと言ったって、収入がなくなれば困るから、もう少し様子を見てからにしてはどうかね」と言いましたところ、「それもそうじゃね」と、おふくろもそういう風に言ったわけですが、それから三日目ですが、我が家には小高い山の上に畑があるんですが、おふくろが、いつも一輪車で鶏糞を積んで、運んでいたわけでございます。ところがその日は体調が悪かったのか、鶏糞の積み過ぎか、坂道でバランスを崩してしまいまして、一輪車とともにひっくりこけたんです。それで左腕を折ってしまいました。普通、足とか手を折ると、大の男でも痛い、痛いと騒ぐわけですが、おふくろは痛いということを一言も言わなかったんです。ただ、「申し訳ない、申し訳ない、私が悪かった、私が馬鹿じゃった。大先生は、このことが見えていたから、あんなに私を注意して下さった、それなのに私は言うことをきかなかった。私が悪かった、すみません。私が悪かった」と、ただ申し訳ない、申し訳ない、と繰り返して言うだけで、痛いと言うことは一言も言わなかったんです。それまでも信仰は人一倍あったのですが、これをきっかけに別人のように信仰の道に入っていきました。それから十二、三年して、我が家に待望の男の子が生まれました。タカフミというんですが、この子が誕生日の時に、肺炎と、はしかを同時にやりまして、具合が悪くなりまして、もう、小野田の病院につれて行った時には、お医者さんから、これはもう駄目ですと宣言されました。「万が一助かっても後遺症として脳膜炎を患います」と。そこで私はパニックになりまして、その時、家内に、「おい、助かっても脳膜炎になるんなら、助からん方がいいか」、そう言ったことを覚えております。もう、うちの病院では駄目ですから医大の方にどうぞと言われました。で、パニックになっておりましたが、家でおふくろが心配しておりましたので、電話だけでも入れておこうと思って事情を話しましたら、おふくろが、「わかった、医大につれて行けというのなら、医大につれて行きなさい。私は熊に神社に行って神様にお願いする。神様と病院にお互いに、お願いすれば助からんことはない。すぐにつれて行け」と言われましたので、私達はすぐにつれて行きました。そしたら、奇跡が起きました。この子が助かったのです。そして、お医者さんが、万が一、助かっても後遺症として脳膜炎ですよ、と言われたのが脳膜炎にもならなくてすんだのです。この子が今、工業高校を出まして美容師になりたいと言うので、びっくりしたわけでございますが、まあ、良かろうということで美容師になりまして、今、宇部の医大の北門ですが、あの近くのワイズヘアーという美容院で、店長として頑張っております。それから二年目ですね。マリコという次女がいるんですが、このこがやはり同じようなケースになりまして、朝、様子がおかしいいね、と言っていたら、すぐに意識を失って、それから、血の気が引きました。そして、息もやっとしている状態で、すぐ小野田の病院に行ったのですが、腸閉塞というんですかね、「腸がもつれているから、これは駄目です」と言われました。もうダメじゃけえ、医大の方にどうぞ。そこでまた、おふくろに連絡を取りますと、「すぐ神様にお願いする。助からんことはない」と、力強く言われまして、私達は医大の方につれて行ったわけでございます。医大の先生もマリコを見て、「これは駄目ですね、最後のショック療法でもやってみましょうか。でも親御さん、ちょっと出てもらわんと困ります」と言われました。ええ、どんなショック療法をしたのか、今でも分かりません。しかし、またまた奇跡が起こったんです。助かりました。今このマリコは、小学五年生の男の子の母親になっておりまして、マリコも美容師になりまして、西宇部の駅前にヤマモト美容室と言うのがあるんですが、そこで毎日頑張っています。ええ、奇跡というのは、たまには一回あることもありますけど、私のように四回も奇跡が続くというのは聞いたこともありません。本当に不思議です。後で大先生が、「富田さんところは、おばあちゃんが一生懸命信仰して、しっかり徳を積んどるから、孫がお蔭をもらえたいね」そうおっしゃいました。本当にありがたいことです。若い時は親に対しても、なかなか感謝の気持ちを表すということができなかったんですが、いざ親がいなくなってみますと、年々、感謝の気持ちが段々大きくなって参ります。私のおふくろは、とても厳しいきびしい母親でございまして、私がちゃらんぽらんの人間だったからかもわかりませんけど、年がら年中、説教を受けておりました。今でも、その言葉の中に覚えているのが、「お金ためんでも、徳をしっかりためなさい」「人間きれいな生き方をしなさい」「いいことをする時には、人がいない時にしなさい」と。これら、よく覚えております。本当に世の中というのは、いろんな不思議なことがあります。医学、科学がいくら発達しても、それでは絶対割り切れない、何かがあります。起こります。みなさん是非、一生懸命信仰されて、一生懸命徳を積んで、そして、しっかりお蔭を頂くように努力して頂きたいと思います。最後に、大先生が私の足をお加持して頂いた時に、何回も、何回も、歌って頂きました神様から授かった「雨七日」という歌を歌いますので、どうぞ、みなさん、ご一緒に歌って下さい。

 雨七日 日七日 風七日   三七 二十一日の   五月の雨をいただいて   五穀の実りを

 守り給う   雨御中主神   忘れてなろう この道を   忘れてなろう この道を

ありがとうございました。