熊野神社

山幸と海幸2

満潮(みちしお)の玉、干潮(ひしお)の玉

「水をください」
カツラの木の上の山幸彦(火遠理命)に豊玉姫の侍女は、玉を飾ったかめに水をくんでわたしました。山幸彦は水は飲まないで、首飾りの玉をはずすと口にふくみ、かめにぱっと吹きつけました。玉はかめにくっついて取れなくなりました。侍女は玉のついた亀で水をくんで豊玉姫にわたしました。姫はその玉をみて
「門にどなたかがこられているのですか」
侍女にたずねました。
「はい。井戸の上のカツラの木に、海神様より気高くりりしい若者がおられます」
 豊玉姫は城門のところへ出てみて、すぐ海神もつれていきました。海神は、
「邇邇芸命のみ子、虚空津日高(そらつひこ)でいらっしゃる)
と火遠理命をご殿におむかえしました。アシカの皮を八重にしき、そのうえに絹畳を八重にしいた上にすわっていただきました。さまざまな宝物をさしあげ、ごちそうでもてなしました。火遠理命は豊玉姫と結婚しました。この国に住んで、またたくまに三年がすぎました。

 ある日、火遠理命は釣り針のことを思いだしました。思わず深いため息をつきました。その様子をみていた豊玉姫は命のことが気になり、父の神に相談しました。父はむこ君に、
「娘が申しますに、今まで一度も沈んだお顔はお見せになりませんでしたのに、今宵は何かたいそう悲しげでおありとか。海の国には何かわけがあって来られたのですか」
と、たずねました。火遠理命は、兄の釣り針をなくしたこと、どうしてもその釣り針を返さなければならないことなどを話しました。

 海の大神はすぐに、海の大小の魚、全部を集めて聞きました。
「この中に命の釣り針をとったものはいないか」
 魚たちは口々に言いました。
「このごろ赤ダイが、のどに何か刺さって物が食べられないと難儀しています」
 赤ダイを呼んで、のどを探りました。あの、釣り針が見つかったのです。取り出し洗い清めて海神は、山幸彦に返して
「今後、兄様から難題をふきかけられていじめられないために、必ず、「この釣り針は、おこり虫のあわて者 心貧しく、おろか者」と呪文をとなえて、背を向け、後ろ手で釣り針を返すのです」
と教えました。そして火遠理命に満潮の玉もさしあげて、
「兄様が高い土地に田を作れば、山幸様は低い土地にお作りなさい。兄様が低い土地に作れば山幸様は高い土地にお作りください。水のことすべては私がつかさどっていますから、山幸様の田にはしっかり水をいれましょう。兄様がうらんで攻めてくれば満潮の玉で兄様を水攻めになさい。兄様がまちがいにきずいて、正しい広い心にあらためれば干潮の玉で助けてお挙げなさい」

 海神は海中のワニを集め聞きました。
「天神のみ子がお出でになる。だれが幾日でお送りするか」
ワニたちはそれぞれ、自分の身の長さで日数を言いました。とびきり大きなワニが答えました。
「今日中にお送りします」
「ではお前がお送り申せ。海中をわたるとき、怖い思いをおさせしないように」

 山幸彦(火遠理命)はワニの首に乗り、元の浜に帰りました。命はお礼に、持っていた小刀をワニの首につけて帰しました。山幸彦は海神の教え通りにして、海幸彦に釣り針を返しました。海幸彦は、
「今ごろ返してくれても仕方がない。あれから魚はとれず、田を作るはめになってしまった」
 おわびに田作りを手伝うという山幸彦の申し出も、海幸彦ははねつけてしまいました。

 山幸彦は海神の教えを思い出しました。海幸彦の田は高い土地だったので山幸彦は低い土地に田を作りました。山幸彦の田は水が豊かで稲がよくできました。海幸彦は低い田に作りかえましたが、水がこなくて稲はできません。山幸彦は高台の田でも水がきて稲はゆさゆさ実りました。海幸彦は稲もできないので貧しくなりました。

 海幸彦は山幸彦をうらんで家来をつれて攻めてきました。山幸彦が満潮の玉をかざすと見る見る水があふれ海幸彦たちは、おぼれそうになりました。山幸彦は干潮の玉をかざし水を引かせ助けました。何度かこれを繰りかえすうち、海幸彦も心を入れかえました。
【彦穂穂出見命(山幸彦)と豊玉比売命は大隈国一宮鹿児島神宮におまつりされています。】