熊野神社

豊葦原の瑞穂の国へ3

斎庭(ゆにわ)の稲穂

 邇邇芸命の一行は、高天原のお住まいを出発されました。幾重にもわきあがる雲の峰や川のようにたなびく雲をおし開き、天の浮橋をわたり、こうこうとおごそかな光を放ちながら進みました。
 筑紫の日向の高千穂のけわし久十布流獄(くじふるたけ)につきました。猿田彦と共に先頭に立ち、先払いして進んだのは天忍日命(あめのおしひのみこと)と天津久米命(あまつくめのみこと)でした。
 天照様は邇邇芸命に、"斎庭の稲穂"も持たせました。この稲穂は高天原の田で作り、天神が召し上がっていた神聖な稲でありました。

 邇邇芸命はお住まいと定める場所をさがして進みました。あたりは昼か夜かも、ものの色も見分けがつかないほど暗いのです。邇邇芸命は稲の穂を、モミがらが出るほどもみにもんで、四方にまきちらしました。すると空は青く晴れわたり、昼はお日様が夜はお月様が足元を照らしてくれました。
 地上世界は天孫が高天原からくだり、稲の穂をまくことで、これまで暗やみの中で混乱していたのが明るくなりました。しだいに地上世界はととのってきました。

 邇邇芸命の一行は進むところ行くところを明るくしながら、遠くに海を見わたせる広々した丘につきました。正面にカモメが飛(と)びかう笠沙の岬ものぞめます。邇邇芸命は、
「この地は遠く韓国(からくに)までも見わたせる。朝日は高々と真っすぐに輝き、夕日も照り映える。なんとよい国だことよ」
とたいそう喜ばれました。
 この丘の大地にしっかりと柱を打ち込み、屋根は天高くそびえる壮大な宮殿を建てました。
【加世田市に笠沙宮跡があります】

 邇邇芸命は天宇受売命(あめのうずめのみこと)に、
「長い困難な旅の道案内をしてくれた猿田彦神には、心からお礼を申したい。そなたが猿田彦神と最初に話したことがきっかけとなって、ここまで案内してくれた。だからそなたが猿田彦神を郷里の伊勢までお送りするように。そして猿田彦神のてがらをいつまでも残すために、そなたが猿田彦の名をもらい、二人分、私につかえるように」
と申し付けました。それで天宇受売神は猿女(さるめ)の君と名乗るようになりました。

 猿女の君は猿田彦神を伊勢へ送り、海辺に行きました。海に住む魚という魚を集めました。ひれのひろい魚、ひれのせまい魚もみんな集めて、
「天の神である邇邇芸命は、人間みなの幸せを願われるのは申すまでもない。しかし人間の幸せだけではない。いのちあるものすべての幸せを願っているのです。それが天神のお心であるからです。あなた方は邇邇芸命にお仕え申しますか」
と、たずねました。魚たちは声をそろえて、
「はい、よろこんで」
と答えました。ところがナマコだけはだまっていました。宇受売命はナマコに、
「この口か、答えをしない口は」
と、ひもつき小刀でナマコの口をさきました。今に、ナマコの口がさけているのは、そのためです。