熊野神社

ご祭神の事跡

はじめに

 世界遺産となりました紀州の熊野三山(熊野本宮大社、主祭神が家津美御子大神=スサノオの命、本地佛阿弥陀如来)(熊野速玉大社、主祭神が速玉大神=イザナギの大神、本地佛は衆生の苦悩、病気を救済する薬師如来)(熊野那智大社、主祭神が牟須美神=イザナミの大神、本地佛は千手観音)本宮は西方極楽浄土、新宮は東方の浄瑠璃浄土、那智は南方補陀洛浄土の地であると考えられ、熊野全体が浄土であるとみなされ、貴族民衆を問わず熊野詣が流行し、「蟻の熊野詣」の里謡を生みました。従四位勲二等 西川貞一先生は菩提寺山は、さとりのやまです。と、云っておられました。その菩提寺山に熊野三山の神々がお鎮まりになられました。当社は全国3千数百社の熊野神社の一社として、熊野三山の神々が営んでこられた理想社会を、この世に顕現致したく念願しております。

 西洋の完全なる一神教に対し、日本の神々は八百萬神(やおよろずのかみ)と云われ、煩累(わずらい)の大人(うし)の神、八十禍津日(やそまがつひ)の神、大禍津日(おおまがつひ)の神など災いをもたらすような名前のついた神様が、おられるようです。この災いを直そうとされる神直毘(かむなおび)の神、大直毘(おおなおび)の神伊豆能(いずのめ)「威力のある女。巫女」がおられます。決して完全なる神様とは云えませんが、調和しながら大きなものを生み出すことを理想とされているように思われます。儒教、仏教を受容し調和しながら、気候、風土に恵まれ、海に囲まれた恩恵もあって、大陸の文化を、じっくりと、噛み砕きながら、高い分化をきづいて来たように思われます。

 戦前の教科書はイザナギ、イザナミさまの国産みのお話、光り輝く天照大神様、ヤマタノオロチを退治されるスサノオの命さま、大国主命(大黒さま)さまが、鰐(わに)に皮をむかれたウサギを助けるお話、神倭伊波礼毘古命(神武天皇)の日向から大和へ、道なき道をふみわけて、善良な人々を苦しめている土豪たちをたいらげ、すべての民が幸せでゆたかに暮らせるように、日本の国を建国して、第一代の天皇のみ位におつきになられたお話などが載っていたようです。

大こくさま

1、おおきなふくろを かたにかけ
  だいこくさまが きかかると
  ここにいなばの しろうさぎ
  かわをむかれて あかはだか
2、だいこくさまは あわれがり
  「きれいなみずに みをあらい
  がまのほわたに くるまれ」と
  よくよくおしえて やりました
3、だいこくさまの いうとおり
  きれいなみずに みをあらい
  がまのほわたに くるまれば
  うさぎはもとの しろうさぎ
4、だいこくさまは だれだろう
  おおくにぬしの みこととて
  くにをひらきて よのひとを
  たすけなされた かみさまよ

紀元節

1、 雲にそびゆる 高千穂の
   高根(たかね)おろしに 草も木も
   なびきふしけん 大御世(おおみよ)を
   仰ぐ今日こそ 楽しけれ
2、 海原(うなばら)なせる 埴安(はにやす)の
   池の面(おも)より なおひろき
   恵(めぐみ)の波に 浴(あ)みし世を
   仰ぐ今日こそ 楽しけれ
3、 天津日嗣(あまつひつぎ)の 高みくら
   千代万代(ちよよろずよ)に 動(ゆる)ぎなき
   もとい定めし そのかみを
   仰ぐ今日こそ 楽しけれ
4、 空に輝く 日の本(もと)の
   万(よろず)の国に たぐいなき
   国のみはしら たてし世を
   仰ぐ今日こそ 楽しけれ    

 戦後はサルが載るようになりました。ダーウィンの進化論とかでマルクス史観の根底を成しているもので、アメリカの学校では教えない方向に行っているというのに、日本の国では後生大事にサルをご先祖にするのでしょうか。残念でなりません。

 神代の高天原の世界に帰ってきませんか?決してゆきづまることはありません。熊野神社の神々は九州各地で祭られ大切にされています。天照大神様の太子、忍穂耳命(おしほみみのみこと)さまは祖父母、イザナギ、イザナミさまと福岡県英彦山の英彦山神社(えひこやまじんじゃ)(彦山権現)に祭られ、修験道のお山として今も登山者は耐えないようです。

 また、遠く薩摩の国の一ノ宮枚聞神社(ひらきき)にも忍穂耳命さまは皇祖天照大神さまと天之菩卑能命(あめのほひの)天津日子根命(あまつひこね)活津日子根命(いくつひこね)熊野久須毘命(くまのくすび)の兄弟神と宗像三神と祀られています。天照大神の御孫から日向三代の物語が大変楽しいので、これから先は、「日本の神話」伝承館管長 出雲井 晶先生の著書「母と子におくる教科書が教えない日本の神話」をご紹介します。