節分祭 内田 伸先生 挨拶
皆さん、おめでとうございます。今日は、節分でありますので、皆さんお参りくださいました、ありがとうございました。節分というのはですね、文字を見たら分かるように、節を分ける、季節を分けるということですが、1年は、24の季節になっておりまして、その季節を分けるということでありますけれども、そのうちで、一番大事なのは、この春の季節、今日ですね、今日の節分、節季を分ける、一番大事でありまして、明日からが春になる、今までは冬でありまして、寒かったり、淋しかったり、暗かったりしますけれども、そのようなことが全部、今度は、明日から春になりまして、大変春の希望にあふれた日をむかえると、こういうことでありますから、今日が、旧暦で言いますと、一年で一番の最後の日ですね、最後の日でありまして、明日からは、新しい、立春、春ということになるわけですから、一年間いろいろ貯まった、色々なものが、我々の周りに貯まります、そのようなものが、いいものばかりだけでなく、悪いものも貯まりますから、悪いもの、悪魔、そういう風なものを、きれいに、心の中から、家の中から追い出して、そうして、新しい年を迎えて、希望に満ちて新しい年を、暮らしていこうこういうことになろうかと今日のお祭があるわけですね、一番の何は、豆まきで、おには外、福は内というて、豆をまきますけれど、豆は、これは、そのように一年間の中に、知らず知らずの中に、色々な、そのような、悪いものおにあたりがおるのをですね、よく隅から隅まで掃除をして、そして、悪いおにをですね、家からだしておかんと、家が良くないということで、豆をまいて、おにを出すということらしいですね、ですから、豆をまくというのを豆を打つという言葉があります、そのように豆を打って、悪いおにを追い出す、ということになります、しかしながらそれだけではどうも気がすまんと言う人は、おりますし、今年が厄年であったというような人もおります、そのような人は役を落とすといいましてね、豆を自分の年ほど白い紙に包んで、そうしてですね、それを道の十字路のところに行って、そろっと、落として戻る、そうすると、厄が落ちるとこう言いますね、まだやっておるところもありますよ、山口の町辺りに行きますとね、節分の晩にですね、それをやる人がおったらしく、まだ、道のそばにはね、ちりしに包んだ豆が置いてあるのが、たくさんみえますからね、まだ、やる人がおるかもしれませんが、ええことですね、そういうことで厄がみんななくなればね、そういうようなことがありますが、そのように新しい年になったら、おにが入らないようにと言って、入り口にイワシの頭とヒイラギの枝を挿す、と言うところがありますね、あれはなぜかといいますとね、ヒイラギと言う木はですね、木へんに冬と書きますが、小さい時には
葉にとげがいっぱいあるんですね、あれは、まあ、小さい時には、うさぎとか、何とかに食べられないように、とげがあったほうがええから、おおかたあるんでしょうけど、大きくなりますと、1メートル以上になりますとね、葉っぱがつるんとして、ひとつもね、とげがありませんね、まあ、とげのある葉っぱと、今度は、イワシの頭はね、イワシと言うのは、魚の中ではおいしいけどあんまり、いい魚でないですからね、臭いですね、だから、食べられない頭をですね、とげのあるヒイラギを掛け合わして臭いのは、おにが嫌うというんですね、魚の臭さを嫌うとこういうことで、おにが入らないようにイワシの頭と、ヒイラギの枝を挿して、入り口に挿しておくというようなところもあるようですね、まあ、そのようなことをして、新しい春を迎えます、今、お祓いをされました人形をですね、お祈りされましたけれども、知らず知らずのうちに、おかした、罪を今日で全部きれいに流しまして明日から新しい年を迎えて、新しい年を皆が幸福に暮らすようにとこういうことで今日の節分のお祭があるようですね、今から豆まき、もあるとおもいますから、どうか、いいですね、お祭をされて、そうして、明日から、いいですね、生活が出来ますことを、お互い祈りたいと思います。本当に今日は、たくさんお参り頂きまして、ありがとうございました。